カラヴァッジョへの旅―天才画家の光と闇 (角川選書)
まさにカラバッジョの絵画への旅ができる本です。
●制作技術の変遷
●テーマ理解
●鑑賞のポイント
●カラバッジョの人間性
●現在絵画が飾られている(教会、美術館)状況
年代順に語られていて、筆者とともに「天才にして無頼漢」であったカラバッジョの人生をたどることができます。
それにしてもあの時代にあってかくまで精神性を捉えた絵画を描いた画家、その内面に迫る解き明しが素晴らしかったです。
第二次世界大戦で消失したカラバッジョの作品が惜しまれてなりません。
カラヴァッジョ~天才画家の光と影~【完全版】 [DVD]
この映画は劇場版を見た事があって、その時はなんとなく物足りない感じがした。
今回この完全版を見て、カラヴァッジョの生涯を補完できた思いがする。
私は光と闇をとらえた天才画家、カラヴァッジョの作品の大ファンなので★4・5
初めて彼の作品を見たのは、バチカンの一枚。すっかり心を奪われ、2度目のローマ訪問はカラヴァッジョとベルニーニの作品を見るために、市内を歩き回った。
彼が辛い修行時代の少年期、自分の才能を初めて認めてくれたマルタの騎士に憧れ、騎士から譲り受けた剣を肌身離さずに持ち歩き、その剣で身を滅ぼしていく、という皮肉が非常に哀しい。
ボルゲーゼ美術館の至宝ともいうべき、数々の絵画の作成経緯も見ごたえがあると思う。
また、傑作「聖マタイの召命」の製作過程と、神の啓示のごとく自然光が差し込み指をさす手を照らす演出の見事さは、必見。
後半、娼婦レナへの愛が、坂道を転がるように、カラヴァッジョを殺人犯としてローマを追われる破滅の運命へと向かわせる。
幼少期に父をペストで失い、家族のもとを一人離れ、ミラノへと向かった少年カラヴァッジョ、彼の欠落した愛情を埋めてくれる女は、みな去っていくか傷つく運命だった。
当時の宗教絵画の常識を破り、聖人は裸足、聖母や聖女のモデルは娼婦、殉教者のモデルは浮浪者を使った。
世間の非難に対して「聖人も人間だった」と主張するカラヴァッジョ。
それまでの絵画の常識を覆す、圧倒的にリアルな絵画を光と闇の中で描ききった。
川沿いの腐乱した死体、斬首刑の首までも、彼の創作のインスピレーションの源となる。
後のオランダの巨匠、レンブラントに多大なる影響を与えたカラヴァッジョ。
権力者の不興ををかっても、自らの絵画スタイルを変えなかった男の生涯を、丁寧にじっくりと描いた作品。
彼が愛したレナの言葉「光は限りなく美しく、影は罪深い」〜カラヴァッジョという男と絵画をよく表した秀逸な台詞だと思った。
長尺ではあるが、カラヴァッジョの絵や生涯に興味がある方にはおすすめしたい作品。
幸せを呼ぶ「観音の絵」―苦しみも悲しみも消え生きる勇気がわく! (マキノ出版ムック)
陶彩画家である草場さんの作品をweb上で知り、その優しさ・美しさに一瞬でトリコに。
草場さんのHPではポストカードや観音力カードの販売もされていて、
近いうちに購入しようと計画。
その後このムック本が発売される事を知り、早速購入。
結果大満足です☆陶彩画は有田焼の絵付けの技法を使って描かれたものですが
陶彩画についての説明や紹介、この画やカードを購入した人達の体験談が載っています。
そして付録にDVD(画の立体的な部分もわかるようになってます)、
花音カード(占いカード)、切り取り式陶彩画(A4サイズ3枚・その半分サイズ2枚)
がついてます。紙の表面はツルツルしています。
早速額を買いにゆき2枚玄関に飾ってみましたが、印刷も画もとても綺麗なので
大変映え素敵な空間に変身しました♪
5枚の画は、弥勒菩薩・慈母観音・千手観音・花園・T remember you です。
脳は美をいかに感じるか―ピカソやモネが見た世界
脳科学と美学の融合を試みる画期的な書。
全編カラーで、訳もこなれており読みやすい。
脳科学的には、「ものを見る」というのがどのような活動なのかが分析されている。
これまでの「目でものを見て、脳で情報処理する」という考えを否定し、「ものは脳で見ている」と主張する。
そして脳の各部位によって、色、傾き、動きなどに固有に反応する。
しかし、こうした脳科学の最新の見地は、実は画家によって経験的に知られていたのだ。
画家は知らず知らずに、脳科学的に見れば最善の構図であるような絵画を作っている。
そしてミケランジェロやフェルメール、モネなどの絵画の魅力・特色を脳科学的に分析していく。
個人的には、モネの連作『ルーアン大聖堂』を一箇所に集める企画はいつかやっていただきたいものである。
さて本書は、全体としては脳科学を前提とした美学へのアプローチということになっている。
しかしこれは、科学によって芸術を飲み込んでしまうのではなく、むしろ逆に科学の限界性と芸術の本質性が現れているように思われる。
なぜなら、脳科学がつい最近にならねばわからなかったことを、画家はとっくの昔に経験的に知っていたのだから。
このことは、科学的にはわかっていない経験的な知識の重要性を明らかにしていると言える。
科学は、おそらく画家のはるか後ろを追いかけることしか出来ないだろう。