血と骨〈下〉 (幻冬舎文庫)
第11回山本周五郎賞受賞作品。
第119回直木賞候補作品(この時の受賞作品は車谷長吉『赤目四十八瀧心中未遂』)。
「宝島社 このミステリーがすごい!」 1999年版 13位
下巻である本書は太平洋戦争終結後の混乱の時代から金俊平の死までが綴られています。
上巻と同様にこの下巻もおもしろくありません。しかし、これまた上巻と同様に読み始めると止まりません。
この一見して矛盾している状態は上下巻通して徹底されています。
また、この下巻では家族についてかなり厚く綴られていますが、良い意味で期待を裏切りながらも金俊平の家族に対する態度も終始徹底されています。
さらに、本書では在日朝鮮人についてや彼らの社会について、そして彼らが日本でどういう状況に置かれていたかということについて、本来は隠したくなるようなことまでも赤裸々に綴られています。これも上下巻通して徹底されています。
様々なことがとにかく徹底された作品です。これだけ徹底されていると、気持ちが良いくらいです。
上下巻両方の私のレビューを読んでくださった方がいらっしゃいましたら、嬉しい限りです。
ありがとうございました。
ソレデハ…
Y氏の妄想録
本書は、推理小説家であり、
『血と骨』『闇の子供たち』などで知られる著者による
長編サンスペンス小説。
長年勤めた会社を定年退職した男性が、
家庭や会社の外の世界で、次第に精神の平衡を失う様子を、
硬質かつ濃密な文体で描きます。
うまく行かない再就職先捜しへの苛立ち
怪しげな会社に勤める長男や、夜遅く帰る娘たちへの不信
そして、どこまでも追いかけて来る過去―
終始重苦しく、張り詰めた雰囲気が漂っていましたが、
なかでも、初めて会ったにもかかわらず、主人公を自宅へ招く老人とのやりとりは、
とても印象深く感じました。
現代社会のある側面を描きつつも
同時に、因果応報譚を思わせる叙情に満ちた本書。
暗澹たる読後感にめげることなく、
多くの方に読んでいただきたい著作です。
闇の子供たち (幻冬舎文庫)
梁石日にしては珍しく物語の舞台はほとんど全面的にタイ。北部山岳地帯の貧村から買ってきた幼児を売買するマフィアのルートと、これに対抗するボランティア組織の社会福祉センターのスタッフがスラムで日々幼児売買と闘う。
ニュースでも雑誌でもしばしば取り上げられる売買→売買春→臓器売買といったこの世における最も悪魔的な所業である闇のシステムに真っ向から挑んだのが本書。ノンフィクションではなくいつもながらの非情極まりないタッチで梁石日が今回抉ってみせたのは、子供たちの生ける地獄の数々。
不毛なタイの土壌の上に泥まみれ、糞尿まみれで飼育され、売買される子供たち。腎臓を売って小金を稼ぐ親たち。センターの協力者に紛れ込むマフィアの手先。薬物漬けになって子供を弄ぶ幼児性愛者たち。
所詮、外国のことではあるのだが、我が子の心臓移植のために臓器売買組織に大金を払って生きたままのタイの幼児から心臓を買おうとする日本人夫婦の拝金主義のエゴは異常に恐ろしく見えてくる。
さまざまな本で幼児虐待や売買については取り上げられているものの、本書では梁石日が有無を言わせぬ描写力でリアルなむご過ぎる部分をも世に照射してみせる。目を背けたくなるほどの地獄のページの数々。闘うボランティアたちが血に染まって倒れてゆく姿には、救いのなさ以外感じることができない。
それでも命を顧みずに不毛な闘いを挑み続ける国際ボランティアスタッフたちの闘志だけが、生きる上での絶対条件のように本の中で唯一の弱いが、それでも光であり輝きである。
悲惨さが目立つのもいつものこと。他のやり方ではこの本は書き切れなかっただろう。ノワールと言われる作風だからこそ、妥協のない現実の悲惨に梁石日は真っ向、立ち向かい得ているのだと思う。
血と骨 通常版 [DVD]
戦前・戦後の混乱期から日本の成長期の手前くらいまでの、在日朝鮮人の「底辺の」暮らしを背景に、金俊平という一人の怪物じみた人間を描いた作品。
この映画に描かれた在日朝鮮人の世界は、私の父親にとっては生の体験である。踏み込んだら無事には帰れない、とか言われた朝鮮部落が近くにあり、そこで犬の解体を目撃した。俊平が豚を解体したように。もともと韓国朝鮮人のものであった初期の焼き肉屋に怖いもの見たさで入ったら、ケンカが始まり、片方が相手を脅すのに口を血だらけにしながらガラスのコップを食うのを見たという。
さて、三十代の私には父親に比べ、恐ろしくも猥雑なそんな原体験があろうはずがない。しかしなぜか、子ども達の前で嫌がる母親を組み敷き犯す俊平、我が子に向かって常人にはあり得ないような暴力を振るう俊平の姿を見ていると、なぜか自分の原体験にも、そんなことがあったような、見聞きしたような、不思議な感覚に取り憑かれるのだ。これがおそらく、原作者や監督や脚本家が作り出した、金俊平の「存在感」なのだろう。
だからと言って、ヤクザ映画でヤクザがかっこよく描かれるケースさえある中で、金俊平はどこにもかっこよさなどなく、ヒーローでもない。むしろ人間の屑である。誰をも愛さず、誰をも信じず、誰からも愛されず、信じられず、暴力や欲望への衝動を思うがままに爆発させ、周囲の人間をも地獄に追い込んでいった業の塊のような金俊平。だが、彼の孤独や生き方に、やはり男なら「共感」と言わないまでも何か感じるものがあるはずで、私自身、なぜかこの金俊平にわずかならぬ愛情や近親感を抱いてしまったのである。これこそが原作者、監督や脚本家の人物造形、ビートたけしの渾身の演技の賜物であると思う。
血と骨 コレクターズ・エディション [DVD]
ショッキングでした。衛生的でクリーンな日常になれっこになっている都会人として、この作品は観てからしばらくはコメントができず、友だちと映画の話をするときもこれについては語りませんでした。
暴力?でもないんですよね、これは日々、ニュースで報道されている事件から想像の翼を広げれば、すでに知っていたはずの映像です。たしかに、性格俳優としてのレベルをまた一段とアップした、たけしさんのあばれっぷリは、すばらしいのですが。
肉体、なのだろうと思います。「生々しい」といいたい所ですが、これじゃ表現として貧しいかな。ともかく、これ100パーセントの人体の熱さ、死体の冷たさ、くずれる身体の痛さとむなしさが、ずーん、と重く伝わってきます。いやあ、記憶にのこって仕方がないです。