東電OL殺人事件 (新潮文庫)
佐野眞一の著書としてはすこぶる評判の悪い一冊である。その予断をふまえあえて読んでみたが、
悪評の理由が何となく分かった。筆者自らが冒頭で述べている「被害者の心の闇の解明」への読者の期待は
結局大半が裏切られるのだが、その理由をつきつめれば、それが「被害者のプライバシーを侵害するのは
目的ではない」とする筆者のジャーナリストとしての「たてまえ」にあることがおのずと明白だからである。
いうまでもなく殺人事件の被害者を語る時点ですでにそのプライバシーは侵害されており、
また現に筆者も取材の過程において何度となくそれを侵害している。筆者は被害者に対するまったく通俗的な
興味と感傷を赤裸々に語りながらも、著述においてはジャーナリストとしての「たてまえ」を掲げ、取材の結果
判明したであろう一部事実を明白にせず、筆者自らが本書のテーマとする「闇」をまさしく「闇」に葬ってみせる。
「私はジャーナリストだから興味を持ちプライバシーも暴くが、私は立派なジャーナリストだから公表はしない。
この本の読者のように被害者のプライバシーに興味を持つのは人間として低俗な行為だからである」というのが
あたかも本書のメッセージであるかのようだ。
「侵害はするが冒涜はしない」というのがこの種のノンフィクションにおける「プライバシー」に関しての
筆者と読者との倫理的な暗黙の了解でなくてはいけない。筆者の偽善は、自ら通俗の一途な徒でありながら
「自分たちは正当であり、インターネットの書き込みは便所の落書きだ」と決めつけるいまのジャーナリズム
の偽善性の象徴であるかのようだ。本書を読んで誰もが不快に思う理由は、おそらくその一点につきる。
東電OL殺人事件
佐野眞一の著書としてはすこぶる評判の悪い一冊である。その予断をふまえあえて読んでみたが、
悪評の理由が何となく分かった。筆者自らが冒頭で述べている「被害者の心の闇の解明」への読者の期待は
結局大半が裏切られるのだが、その理由をつきつめれば、それが「被害者のプライバシーを侵害するのは
目的ではない」とする筆者のジャーナリストとしての「たてまえ」にあることがおのずと明白だからである。
いうまでもなく殺人事件の被害者を語る時点ですでにそのプライバシーは侵害されており、
また現に筆者も取材の過程において何度となくそれを侵害している。筆者は被害者に対するまったく通俗的な
興味と感傷を赤裸々に語りながらも、著述においてはジャーナリストとしての「たてまえ」を掲げ、取材の結果
判明したであろう一部事実を明白にせず、筆者自らが本書のテーマとする「闇」をまさしく「闇」に葬ってみせる。
「私はジャーナリストだから興味を持ちプライバシーも暴くが、私は立派なジャーナリストだから公表はしない。
この本の読者のように被害者のプライバシーに興味を持つのは人間として低俗な行為だからである」というのが
あたかも本書のメッセージであるかのようだ。
「侵害はするが冒涜はしない」というのがこの種のノンフィクションにおける「プライバシー」に関しての
筆者と読者との倫理的な暗黙の了解でなくてはいけない。筆者の偽善は、自ら通俗の一途な徒でありながら
「自分たちは正当であり、インターネットの書き込みは便所の落書きだ」と決めつけるいまのジャーナリズム
の偽善性の象徴であるかのようだ。本書を読んで誰もが不快に思う理由は、おそらくその一点につきる。
グロテスク〈上〉 (文春文庫)
軸となる女性登場人物は4人。外国人を父に、日本人を母に持つハーフである「わたし」。その妹で誰もが憧れと羨望のまなざしを向けるほど美しい妹ユリコ。努力して学力で他者より上に上がろうと必死でもがく和恵。いじめにあいながら優秀な成績をとって周囲に一目置かれる存在のミツル。「わたし」の回想手記で始まる壮絶な物語である。
容姿でも両親の愛情でも妹に勝てない「わたし」はその憎悪を自分以外のすべてに向ける。名門Q女子高のヒエラルキーの中でもがく彼女と和恵、ミツル。どうにか均衡を保っていた彼女たちのまえに編入生としてやってきたユリコ。その美貌で学園に君臨するユリコはしかし悪魔的なほどの二ンフォマニアだったのだ。かくして彼女たちのアイデンティティはもろくも崩れ去り、あとは崩壊の一途をたどることになる。
なにがグロテスクかと言って、ここに挙げた全ての登場人物がグロテスクである。アイデンティティを求めてあがき、苦しみ、他人と相容れない女たち。そして「わたし」と和恵にいたっては自分がグロテスクであることにすら気づかないし認めない。読み進むうちにこれらの4人の女たちが、実はひとりであるかのような錯覚に陥る。その感覚もグロテスクである。
桐野夏生の文章は乾いていて、読後長くたってもその主人公たちが強く心に残るものが多い。ぐいぐい引っ張っていく筆力に脱帽しつつ、この気持ちの悪い小説を読み終えた。