死の棘 (新潮文庫)
夜、夫婦が眠る前の場面で息が詰まる。10年におよぶ夫の裏切りを恨んでやまない妻はその子細を知りながら夫の口からすべてを告白させようとする。愛人たちの氏名や、彼女らに送った金品の金額。寝床での「尋問」は夫を眠らせず、妻自身も眠らない。夫にとって妻の異常を受け入れることは贖罪だが、自棄をおこして自殺や心中に焦がれるときもある。濃密な戦いのなかで神経をすり減らしていく夫婦の姿は、見てはいけないもののようで時にページを繰るのがためらわれた。妻は女の影を「ウニマ」といっておびえ、自身が深い内省に陥ることを「グドゥマ」と言い表す。彼女が生まれ育った鹿児島の離島の方言らしいが、その呪術的な響きは忌まわしく耳に残る。どれだけ相手を傷つけてもどれだけ許しを求めても、苦しみに出口は見えない。その傍らで日々の生活はつづき、子どもたちは育つ。すっかり狂気の世界の住人になれないところに、夫妻の最大の苦悩があるのかもしれない。
ガールフレンド (P‐Vine BOOKs)
子ども時代から30歳を過ぎた現在までの、同級生から年上の女友達、おばあちゃん、そして場合によっては男友達や犬・猫も含めた「ガールフレンド」たちとのかけがえのない瞬間、さりげない出会いと別れとが、抑えた口調で描かれた久々のエッセイ集。
居場所もつるむ相手もいなくて、意外にも疎外感に悩んでいたらしいオリーブ少女時代、ポスターの宇多田ヒカルと「妙齢感」を競ってしまう最近……。これは知っているあの娘だ、学生時代のあの子とおんなじ、もしくは自分に似ているかもとクスリと笑わされるかと思えば、なにげなく島尾敏雄・ミホ氏の名が出てきて、思いは一挙に彼女が受け継ぐDNAに飛んでいく。
奄美の自宅で一人亡くなったミホ氏の愛犬を探しあぐね、「ため息が腕にかかって、汗の跡がひんやりした」と表現する感性。自分の部屋をかたづけていて、「いつかわたしがいなくなった時、わたしを囲むこのガラクタが代わりに息をしてくれるかもしれない」と夢想する思い。彼女のブンガク的未来には、ますます期待を持ってしまう。
心地よい流れに身を任せているうちに、彼女の思い出、生活風景がこちらの頭に鮮やかに映し出されてくる。でも、巻末にあるように作品の一部はフィクションらしいから、そこにはキッチリ作家的な意図も入っているのだろう。特別にドラマティックなエピソードはないのに、読み終えたという満足感に気持ちよく浸らせてくれる不思議な作品集。