赤い天使 [DVD]
この映画、だいぶ好き嫌いが分かれる作品だと思う。
特に、負傷した兵士の手足の切断のグロテスクなシーンと、ヒロインの西看護婦(若尾文子)が、両腕を失った患者(川津祐介)に、性的な満足を施すシーンは、かなり衝撃的。
だが、同時にリアルな戦争中の野戦病院のむごさを描き、反戦映画として海外での評価が高い事は、納得できる。
敗戦の気配や、戦争反対の思想が高まるといった理由で、手足を失った重傷兵士を内地へ帰そうとしない、軍部や政府の人間の尊厳を無視した利己主義の塊。
麻酔薬、抗生物質などの医薬品の不足のために、次々と負傷した手足を局部麻酔だけで切断していく軍医(芦田伸介)。
彼は、毎晩モルヒネを打たなければ眠れないほど、神経をすり減らす。この軍医に恋心を抱く西看護婦。
明日をも知れぬ前線の病院で、二人が愛を確かめ合う。
愛や自然な性欲が、戦争よりもどれだけ美しいものかを訴える場面。
おそらく若尾文子演じる「西さくら」が、男性にとって永遠の聖女になった瞬間だと思う。
猫―クラフト・エヴィング商会プレゼンツ
作家たちの「猫」をめぐるエッセイを集めたかわいらしい一冊。
装丁および監修をクラフト・エヴィング商會が行った再編集版であり、
非常に美しい本に仕上がっています。
内容も作家ごとの視線によってさまざまな姿をみせる猫たちが
生き生きと描かれていて、つかの間の安らぎを読み手に与えます。
兵隊やくざ DVD-BOX 下巻
「兵隊やくざ」シリーズは反軍隊映画の傑作ですが、特に第四作『脱獄』と第八作『強奪』はスキのない作品です。
画面も緊張感に満ちていて目が離せません。『強奪』の撮影は名手・森田富士郎で背景の切り取り方や照明のとらえ方など素晴らしい職人わざを見せてくれます。冒頭の木につるされた兵士の死体の映像から森田美学が炸裂する。
『強奪』は戦争が終わったのに戦いつづけようとする関東軍(須賀不二男など)、中国人民解放軍の軍資金を「強奪」する悪徳・日本人兵士たち(夏八木勲や江守徹など)など、中国人以上の敵に取り囲まれながら、なんとか日本に帰ろうとする大宮(カツシン)と有田(田村高廣)は捨てられた赤ん坊を拾ってしまいます。自分の命も守り切れそうもない状況でいったい、どう生き抜いていったらいいのか、途方もない展開は「仁義なき戦い」の様相を呈して二転三転。結局、義侠心が道を開くというカツシンらしい「熱い」物語で終わります。田中徳三監督は「僕が撮った最後は、68年の『兵隊やくざ 強奪』ですか。このへんはね、民間人になってる大宮とか、やっぱり魅力がなくて、話自体がつまらなくなってますね」と回顧していますが、なんのなんの、無理やり面白くしようとした工夫が露骨で傑作になってしまっていました。
もっともっと高く評価されてよい作品です。
猫 (中公文庫)
夏目 漱石に内田 百間、梶井 基次郎、現代ならば町田 康や村上 春樹。
猫についての小説や文章を書いた作家は数多く、そしてそれらの作品は、
いずれもが例外なく優れた叙情性を持っている。まるで、猫について
表現することこそ、人間に言葉が与えられた理由ででもあるかのように。
なぜ物書きは猫に惹かれるのだろうか。おそらくは猫という生き物が
あの丸くて柔らかい一つの体の中にあまりにも多くの要素を秘めているからであり、
それを気まぐれに見せてはまた隠し、また見せする様子が、作家たちの筆を
誘うからなのだろうと思う。可愛さ。美しさ。生物としての脆さと強さ。
ときに赤ん坊のように幼いかと思えば、仙人のごとく達観しているように
見えることもある。獣としての荒々しさや卑しさが、人間など足元にも
及ばないような高貴さとくるくる入れ替わる。猫の持つそうした
いくつもの側面を言葉でとらえようと、作家たちは猫と全霊で向き合い、
やがて筆を取る。結果として、猫を書いた作品に傑作が並ぶことになる。
この『猫』にも、作家をはじめとする創作を生業にする人々が
それぞれのやり方で猫と付き合うことで生まれた珠玉の文章が連なっている。
微笑ましいもの、何か考えさせられるもの、いずれも適度に肩の力の抜けた、
洒脱な作品ばかりだ。確かに、猫と向き合うのに思想や信条はいらない。
猫の前では人は裸だ。それもまた、「猫もの」に傑作が多い理由かもしれない。