孤独のグルメ 【新装版】
モノを食べる時にはね、誰にも邪魔されず
自由で、なんというか救われてなきゃあダメなんだ
独りで静かで豊かで…
このセリフ!まさに期待通りの久住昌之。
私は「芸能グルメストーカー」から流れ込むようにこの作品に触れた口なのですが、
06年10月時点で実に第14版、作品の息の長さが伺えます。
「ダンドリくん」「かっこいいスキヤキ」等、日常性の中に潜むおかしみを
ダンディズムを交えて語ってきた久住昌之氏と、
狩撫麻礼・メビウス・夢枕獏など錚々たる面々の原作を手がけてきた
職人・谷口ジロー氏の(一部漫画好きにとっての)夢の邂逅。
明確なオチやストーリーなどはありません。
盛り上がるでもなく、しかし決して退屈にもならず、
久住氏の重箱の隅を突くようなこだわりと谷口氏の超精密な絵でもって流れていきます。
それがもう、どうしようもなく、いい。こんな贅沢な漫画もそうそうありません。
ただし、「一家に一冊」という類の本ではないですね。
男がひっそりと独りで読むような、ある種の隠れ家的愉しさに満ちています。
男の本棚に、静かに一冊。
孤独のグルメ (扶桑社文庫)
不思議なマンガである。1話8ページ程度の読みきり形式。
主人公である中年男が行く先々で食事をする。筋らしい筋は
ない。グルメ漫画のような、食べ物に対するもっともらしい
説明もない。有名な店にも行かない。また、行列に並ぶよう
なことはしない。街のどこにでもある食堂のありふれた料理
を食べる。豚肉炒めライス、シュウマイ、ハンバーグ・ラン
チ等々。
文字にするとなんともそっけないものだが、何度も読み返
したい気持ちに駆られる。なぜだろうか。
その秘密はタイトルに隠されている気がする。「孤独のグ
ルメ」の響きに寂しげな印象を受けるが、全然そんなことは
ない。むしろ、都会人が享受できる「癒し」なのである。
都会が田舎に比べて長じている点は匿名性と選択の幅である。
自分の存在を消せる町があり、たくさんの食堂がある。
テイクアウトして公園で食べてもいい。自分自身で食事空間
を簡単にコーディネートできる自由を持っているのだ。
お仕着せのない、時間と空間を大切にした食事。それを
夢中で掻きこむところがとても美味そうなのだ。谷口ジロー
の確かな画力がなせる技であるのはいうまでもない。
闇雲に行列に並ぶ人達は本当にグルメなのだろうか。
そもそも、食事とは単に食べるだけの行為ではないように思
う。空間や時間もとても大切な要素である。そして、誰にも
邪魔されない、つかの間の孤独。せわしなく、ほっとかれな
い都会人にとっての貴重なひとときである。
この作品は平成6年から8年にかけてPANJAという雑誌に
連載された。2000年文庫となり、ひっそりと版を重ねている。
犬を飼う (小学館文庫)
’92年小学館から発売された単行本を文庫した作品。初出はビッグコミック。短篇5作(うち3作は連作)が収録されているが、表題作「犬を飼う」が素晴らしい。
「犬を飼う」は、郊外に住む中年夫婦(子供はいない)に飼われている老犬が死ぬまでの一年間の日々を描いた作品であり、著者の実体験がもとになっているのだが、まるで年老いた家族の死が描かれているようである。
僕は犬を飼った経験がないので長年生活を共にした飼い犬が死ぬことと家族の死ぬことの違いは分からないのだが、著者の犬に対する想いと、衰え行く老犬と夫婦の姿が見事に描かれている。著者があとがきで触れているとおり、死の1年間に焦点をあてたことで物語が凝縮され緊張感のある作品になったのだと思う。そして、谷口ジローの絵がなければここまでの作品にはならなかったかもしれない。犬好きは勿論、犬を飼ったことのない人も是非読んで欲しい傑作である。