花と龍〈下〉 (岩波現代文庫)
著者の火野葦平の父、玉井金五郎は若松港で沖仲仕の組を営んでいる。その若松港で実際に起きた沖仲氏のストライキは火野葦平が主導したものだが、全て、沖仲氏の生活保護のためだった。玉井組の若親分として采配を振っていたときに起きたストライキだが、思想的に厳しい弾圧がなされる時代にしては珍しいことと思う。小林多喜二の『蟹工船』も労働運動の小説として特筆に値するが、資本家対労働者という図式からみると、この『花と龍』も単なるヤクザの対決ではなく、貴重な実録小説ではなかろうかと思う。現代、働く人々が沖仲仕からサラリーマンに名称は変わっても、待遇改善を求めるには義理と人情の確固たる団結が必要と思えてならない。エネルギー転換によって若松港にかつての勢いは無いが、日本の歴史の一端を知るには格好の小説と思う。
火野葦平は軍隊に入営するとき、マルクス資本論を持って入隊したことで有名である。
敗戦後、文壇戦争犯罪人第一号と糾弾されたが、彼の作品には反戦平和の言葉しか出ていない。戦中は火野の連載小説で暴利を貪った朝日新聞が彼を守らなかったのが不思議でしかたない。
花と龍〈上〉 (岩波現代文庫)
カラオケには収まっていても、原作すら古書店街でも目にしなくなり、ため息交じりの中、復刊されたことは喜ばしい。
たまたま、岩波現代文庫に収まっていることを知り、早速に購入した。神田の古書店でもなかなか購入できるものではなかっただけに、感無量だった。
この小説の舞台は北九州の若松港だが、日本のエネルギーが石炭であった頃のことである。筑豊炭田の石炭は人力で遠賀川河口へと運ばれ、八幡製鉄所、若松港の汽船の燃料として重宝された。その石炭も、沖仲仕によって汽船に積み込まれていたのだが、その請負をしていたのが著者の火野葦平の実家が営む玉井組だった。その玉井組を創設した玉井金五郎、マンという夫婦の物語であり、脚色された部分もあるが、義理と人情が沖仲仕の倫理観といわれるなか、読みごたえのある内容となっている。
この小説の中に登場する玉井金五郎の敵方の首領が吉田磯吉という大親分である。この人物、筑豊炭田の石炭を運び出す一介の人夫からのしあがった立志伝中の人でもあるが、山口組の鼻祖でもある。
おもしろいことに、政界の黒幕といわれた杉山茂丸は子供時分、吉田磯吉を子分に従えて暴れまわっていたという。作家の夢野久作の父親が杉山茂丸になる。
この小説は、当時の生きざまを知るに適したものである。
ちなみに、火野葦平の甥がアフガニスタンで医療活動をしている中村哲医師である。
花と龍 [DVD]
前年の「人生劇場」とほぼ同じ役者なので、なんとなく「人生劇場」の延長で観ることができる映画です。
主題歌は同じく美空ひばりさんの「花と龍」。
物語は、原作の前半を、省略した形です。この件については加藤監督が、原作者が描きたかったのは、「後半部分」という判断が働いたようです。これには異存なし。全編ですとかなり長い映画になってしまうからです。
さて、演出は、この監督の特徴の「別どり」なしの「オールシンクロ」ゆえ、やたら聞きにくいせりふもありますが、役者の演技の迫力は出ております。このことが、映画に躍動感をもたらせていると共に一気に、物語より、大体こんな男と女がいたんだよ、という大まかな提示で観客を惹き付ける勢いを生み出すことに成功しております。
実際、物語は大体、おおまかに追っていればいいのです。その時折に出てくる「義理」の深い思いやりと正直さに触れれば良いと思うのです。そのことに関しては本当に良いせりふ、良いシーンが散りばめられております。まあ確かに、迫力はあってもせりふは聞き取りにくい、ドラマツルギーが飛躍的とか言う突っ込みはできると思います。しかし、そんなことより、登場人物の優しさ、正直さ、純粋さなどに触れる映画だと思います。そういう「魂」の映画でしょうか。「無法松の一生」といい、小倉、若松周辺には何でこんな気風の良い粋な人たちがいたのでしょうか。そういう「恩」を忘れない人間を観ることができると思います。そういう登場人物を描ききれているからこそ、満点だと思います。
商品として、「解説」の冊子がついております。特典映像は、予告編のみ。(人生劇場、の予告編も入っております)