あんずよ 燃えよ [DVD]
作品としては古き良きNHKらしい上質な出来上がりです。原作がとても良く再現されていて、今でも通用しそうなカメラワークや台詞、また俳優陣の演技で当時の制作現場の技術レベルと熱意が伝わってくる作品になっています。ですが、今の水準に慣れている人にはいかんせん画質が悪すぎます。ちょうどVHSのEPモードとSPモードの中間ぐらいでしょうか(特性的には三菱ではなく日立的です。理解してもらえるでしょうか?)。32型のテレビでモニターしても顔のつくりがハッキリしません。ちょっと残念です。デジタルリマスターして再販して欲しいのですが、損益を考えると・・・
ただし日本のドラマ制作史上貴重な作品の一つには間違いないので、このDVDが存在すること自体が一つの英断であると称えられてもおかしくないと思います。
蜜のあわれ・われはうたえどもやぶれかぶれ (講談社文芸文庫)
病院の帰りに吉本隆明の「老いの流儀」を買ったら谷崎「瘋癲老人日記」川端「眠れる美女」とともに、「われはうたえどもやぶれかぶれ」が老いを描いた傑作と書いてあったので、手にとってみた。自分の身体の調子が悪いので、性を描いた他の二作は読めずに、、「われはうたえどもやぶれかぶれ」は読めた。病院のレントゲン室で待つ描写など誰でも病院に行った者なら身に覚えがあるだろう。ただ自己暴露的な傑作ではあるのだが、文章の訓練をしてこなかった私が崩壊する身体を背負って何か書くのは難しい。
室生犀星詩集 (ハルキ文庫)
編者福永武彦氏により、24冊の詩集から187編がまとめられている。室生犀星の詩は1300編もあるそうだからすべてを手に入れるのは不可能だろう。手元に置いてときおり感傷にふけりたい、あるいは旅に持ち出して抒情を味わいたいなら文庫が最適かと思われる。
編者は「若い人に向く」詩を選んだそうだが、多くの人の記憶にある秀作はほとんど含まれているのではないだろうか。小景異情「ふるさとは遠きにありて思ふもの」、寂しき春「したたり止まぬ日のひかり」、靴下「毛糸にて編める靴下をもはかせ・・・おのれ父たるゆえに・・・煙草を噛みしめて泣きけり」etc.
僕は考へただけでも「死んでみようと戯談に考へただけでも」は含まれていない。
そして、読み味わえば、知らなかった室生犀星に出逢える。詩集だから、好みに合うかどうかしか評価の基準はない。そして、今は流行らないのだろう。街の本屋を探しても容易には見つかるまい。そのうち絶版になるのかもしれない。
永日「野にあるときもわれひとり ひとり、たましひふかく抱きしめ・・・血みどろにをののけど・・・なみだしんしん涌くごとし」
トカイノトナカイ
メンバー3人の作り出す、ジャケットと同じくほんわかした空間。それがこの「トカイノトナカイ」。疲れたコドモから夢見るオトナまで、すべての方々に聴いてほしい。
Vo.のナカバヤシリカ嬢のソングライターとしての才能は溢れんばかり。今後どう成長していくのか注目しつづけていたい。
あにいもうと [DVD]
「あにいもうと」は、「めし」から始まる成瀬巳喜男の50年代の傑作群の中でも特に異彩を放っている。それは馴染みのスタッフと離れて大映で撮った作品だからか、室生犀星の原作の持つ荒々しさが成瀬の繊細さと微妙にすれ違ったからだか良く分からない。中絶と、男女や家族の諍いなどはほかの成瀬作品にもよく出てくるけれども、「あにいもうと」がそれらと少しちがって見えるのは、真夏のために大きく開け放たれた百姓家の中で演じられる京マチ子の妹と、森雅之の兄のすさまじい乱闘シーンによるものだと思う。このシーンはあの「羅生門」の決闘シーンよりも優れていると思う。他にも久我美子が優柔不断な恋人を罵るシーンや、森雅之が妹を妊娠させた船越英二をとっちめた後に、妹に対する深い愛情を吐露するシーンなど、どれも素晴らしい。なによりも驚かされるのは、これらのシーンがすべてセット撮影であることで、それがその前後のカットと完全に調和している。他社で撮ってもこれだけの水準のものができてしまう当時の撮影所の技術の高さと、成瀬巳喜男の演出、京マチ子をはじめとする出演者たちの素晴らしい演技がひとつになった忘れがたい作品。