愛と死 (新潮文庫)
やや不安を感じさせる題名どおり、主題は、恋愛と死別です。ストーリーは、留学前の青年と、少し年下の女学生が婚約に至るという状況から始まります。女学生の描写が生き生きとしていて、とても印象的でした。少し、じゃじゃ馬なのです。その自由奔放さに、主人公は、少しずつ惹かれていきます。その心理は、『デイジー・ミラー』(ヘンリー・ジェームス)の主人公の男性と良く似ています。そして、婚約を済ませた後、主人公は、留学へと旅立ちます。この後の女性のいじらしい想いは、うらやましくなる程です。そして、二人に襲いかかる予期せぬ不幸。単純なストーリーですが、日本の近代小説には類を見ない、女性を主題とした、美しい悲劇です。
武者小路実篤詩集 (新潮文庫)
何気に手にとった本なのですがひとつひとつの詩に
こめられたメッセージがこころに深く深く浸透して
くるような作品です。他の詩集と異なり人間の内面
をそのまま告白しているようで、「人間失格」の自
虐的告白になんとなく似ているようなところもあります。
それだけにとどまらず
馬鹿と思われないように謙遜する
ふりをしながら心から他人を冷笑している者よ
はやくみずからを冷笑せよ・・・
のような叱咤激励ともとれる作品も多く書かれています。
実篤が普段自分達が人に聞いたり話したりしないような内面を
ことごとく代弁してくれるようでした。偉人と語りあっている
ような気さえします。読みやすい本なのでちょっとした時間
にでも万人に読んでもらいたい作品です。先人の人徳に触れられる
ようなすばらしい詩集ですよ!
友情 (新潮文庫)
改めて小説というものの奥深さを感じさせられた。というのは私はこの小説から他の方々とは何故か違った視点で考えさせられていたように思うからだ。他の方々が野島と大宮の「友情」の在り方について考えているのに対し、私は「愛情」と「友情」の在り方について考えていた。人は「友情」よりも「愛情」をより求めるように生物の原子的なレベルで定めらているのだろう、と。「愛情」を求める本能を理性で抑えて、野島に「友情」をもって応える大宮。彼は同じ男として素晴らしく気持ちのいい男だと思うが、その大宮でさえ、女の愛情を求めずにはいられなかった。おそらく誰しも女の愛情が手に入るのならば、代償として友人一人の友情をどぶに捨ててもいいと一瞬でも感じたりしたことがあるのではないだろうか。そういうことが嫌だったこともあってかこの本を読んでからというのも私は友人の好きな人あるいは彼女に近づくことを無意識のうちに避けるようになった。近づいたところで何かが起こるわけではないかもしれないが、決して何かが起こらないとも言えない。私は昔から友人との「友情」はかけがえのないものであると考えてきた。だからなかば友人のパートナー恐怖症的なこの考え方が精神にしみわたったのだと思う。この考え方がいいのか悪いのかはわからない。そういった良し悪しの問題でもないのかもしれない。だが少なくともこの本に大きく影響された事実には変わりない。私にとってはそういった意味でこの小説のタイトルは『友情』であり『愛情』であると思う。