フランソワ & ポリーニ (EMIクラシック・アーカイヴ) [DVD]
レニングラード・フィルのオーケストラ・メンバー、アレクサンドラ夫人、クルト・ザンデルリンクなどムラヴィンスキーの身の回りの人々へのインタビューから、彼の音楽に対する姿勢や人間性に迫るドキュメンタリー作品。約1時間でムラヴィンスキーの生涯とそのエピソードを一通り知ることができる。もっと詳しくムラヴィンスキーについて知りたいという人は、ドリームライフから発売されている「ムラヴィンスキーとレニングラード・フィルの50年」と合わせて見ることをお薦めする。「オベロン」序曲と「フランチェスカ・ダ・リミニ」はソヴィエトの映像なので音質・画質ともにあまり良くない(音声はモノラルである)。しかし演奏はムラヴィンスキーの音楽へのこだわりが見えてくる素晴らしいものだと感じた。映像はほぼ一貫してムラヴィンスキーを映し続けているので、ムラヴィンスキーの指揮をほとんど全曲通して見ることになる(その代わり、オーケストラはほとんど映らない)。
ボーナス・トラックはゲンナジー・ロジェストヴェンスキーが指揮した1971年のロンドンでの「チャイ4」。BBC LEGENDSシリーズのCDで発売されているものと同じ音源だが、是非映像でも見て欲しい。細部のキズは多いが、ロシア的なオーケストラの音色、緩徐楽章での美しい造形美、第4楽章の大爆発など本当に素晴らしく、唯一無二の名演だと思う。聴衆の異様なまでの盛り上がりも納得。
ラヴェル:ピアノ名曲集 2
同時にリリースされたラヴェルのピアノ曲集の第2集にあたり、第1集と同様67年に集中的に行われたセッション・ステレオ録音。尚組曲『マ・メール・ロワ』はピエール・バルビゼとの連弾になる。以前買ったARTリマスター盤が時代の埃にまみれて色褪せているように聴こえるのに対して、このHQCDではオリジナル・マスターの精彩を取り戻した鮮やかさと臨場感が特筆される。
フランソワのラヴェルには特有の鋭いセンスが漂っている。しかもそれが決して神経質なものにならず、流れを失わないのは彼の創造する音楽が即興的に千変万化する自在な表現力に支配されているからだろう。高貴な哀感を湛えた『亡き王女のためのパヴァーヌ』、流麗で神秘的な『水の戯れ』、燦然とした『古風なメヌエット』、恐ろしく多彩で緻密な『鏡』や機知に富んだ『ソナチネ』、そして映像的な描写が巧みなバルビゼとのデュエット『マ・メール・ロワ』など魅力の尽きない曲集だ。
ラヴェル:ピアノ協奏曲、他
既に名盤の誉れの高いCDなので、演奏評に関しては通常盤のレビューを参考にして頂くとして、ここでは今回のHQCD盤と従来盤との音質上の比較について書くことにする。ただし私が聴き比べたのはARTリマスターの外盤で98年にリリースされたものだ。オリジナル・マスターは59年の録音なので、それほど期待しなかったが率直に言ってこれだけ明瞭な差が現れるとは思っていなかった。
先ず音量のボリューム自体が全く違う。これはマテリアルを替えた為だけの変化ではなく、むしろ新盤が24bitリマスタリングされた時のレベル・アップとの相乗効果と思われる。特にト長調の協奏曲の冒頭では以前殆ど聴き逃していたスネア・ドラムの弱音のトレモロが完全にそれと判別できる。またソロの管楽器だけでなく打楽器類やハープの音質がより鮮明になり、通常盤ではもの足りなかったオーケストラ全体に臨場感が得られ、オーケストレーションの魔術師と言われたラヴェル特有の色彩豊かな管弦楽法がクリュイタンスのエスプリを飽和させた指揮によってに巧みに再現されていることが改めて納得できる。更に全体的に従来のCDに比較して音質に厚みが加わり、バス・ドラムや2曲目の『左手のための協奏曲ニ長調』でのコントラ・ファゴットの超低音も良く響いている。旧盤ではフランソワのソロ・ピアノに対してオーケストラが若干後退して聞こえる印象があったが、結果的に今回この両者のバランスの改善にも成功している。
いずれにしても音質ではそれぞれの鑑賞者の好みを度外視しても、霞が払拭されたように見通しが良くなっている。価格面でも以前のHQCDの値段から大幅にプライス・ダウンされているので新規に購入したい方には当然ながらこちらの新盤をお勧めする。
ラヴェル:ピアノ名曲集 1
EMIベスト100プレミアム・シリーズの一枚で、これまでにリリースされたサンソン・フランソワの同曲集の中では最も音質に優れているのが特徴だ。具体的に言えばHQCD化によってピアノのまろやかで潤いのある音色が再現され、一音一音の持つ量感も感じられるようになった。こうした音質の改善によって彼の自然発生的な変幻自在の表現を、サロンで間近に聴くような臨場感が得られたことは幸いだ。また価格面では今回の大幅なプライス・ダウンも評価できる。ただし余計な詮索をすれば、ライバル製品のブルースペックCDと口裏を合わせたように同価格になったことや、なぜ最初からこの値段でHQCDを販売できなかったのかという疑問が残るのも当然だろう。
この稀にみる感性を持ったピアニストの飛翔するようなファンタジーと、いたって自由な即興性の閃きがラヴェルの音楽を煌めく宝石のように仕上げている。彼の解釈はラヴェルの音楽にありがちなドライで即物的なものではなく、常にヒューマンなぬくもりがあって、しかも千変万化する夢幻的な可能性を秘めている。『夜のガスパール』での奔放で鬼気迫る表現や、繊細な透明感とラヴェル特有の形式感とのバランスが絶妙な『優雅で感傷的な円舞曲』、そしてそこはかとないメランコリーと木漏れ日のような陰影に彩られた『クープランの墓』など、どれをとってもフランソワならではの華麗な曲集だ。
CHOPIN (ショパン) 2008年 06月号 [雑誌]
「20世紀の大ピアニストたち」シリーズ第4回に登場するのは、1970年に46才で急死した、鬼才とも呼ばれるサンソン・フランソワです。私もピアノをたしなみますが、中学2年でベートーヴェンの3大ピアノソナタの廉価版をたまたま購入したのがサンソン・フランソワとの出会いでした。それ以降、ショパン、ドビュッシー、ラベルの演奏は基本的にサンソン・フランソワのLP・CDを基本に購入するようになりました。ホロヴィッツのピアノの弦が切れるかのような演奏も良し、アルゲリッチの素晴らしく早いテンポと比類ないテクニックも良いのですが、コルトーに続くフランスの古きよき時代の最後を飾るのは、サンソン・フランソワをおいては他にありません。近年の正確なピアノテクニックを競う演奏ではなく、即興的なショパンのテンポルバート、聴く者を唖然とさせるエチュード、もう何も言葉のでないポロネーズ、自由闊達なショパンに対して、何故か非常にまじめに模範的な演奏を残しているドビュッシーとラヴェル、20世紀が生んだ4番目ではなく1番目のショパン演奏家だと私は思います。この雑誌が絶版になる前に、注文されることをお勧めします。フランソワの残した貴重な言葉も載せられています。サンソン・フランソワという演奏家の人間像に迫る特集です。