寛流・韓国初ライブ2006(紙ジャケット仕様完全限定盤)
さすがに先生のライブはテンションが高い。
曲中、語るように歌うところはほんとに
語るようだ。狂ったように叫ぶところでは
先生の健康が心配になった。
韓国での初ライブということ気合い充分だ。
充分すぎるかもしれない。マイクや
ミキシングの問題か、はたまた先生の気合いの
せいか、音声が割れ気味で聴きとりにくい
ところがある。ライブの迫力とセットなので
問題にはならないが。
韓国での評判はどうだったのだろうか。
韓国語で直に歌えば、未だに日本に帰国でき
ないぐらい人気者になることは間違いないだろう。
先生のファンなら即買いだ。
怖いもの見たさでも買うべきだ。
韓流ファンが間違えて買っても全身が震えるはずだ。
裸の十九才 [DVD]
なぜか、アランドロンの「太陽がいっぱい」やアランレネの「死刑台のエレベータ」を思い出しました。なぜでしょうか。。危なげな雰囲気でしょうか?冷たくシャープな映像でしょうか?若い2枚目が嘘を重ね犯罪に染まるからでしょうか?明るさと暗さを兼ね備えた主人公の性格、危なげなカッコよさを持つ原田大二郎の魅力でしょうか?スピード感と言うかメリハリのある編集もなんとも言えない魅力です。
コツコツという乾いた革靴で歩く音、フランス映画を思わせるフィルムノワール。脚本も演出も音楽もシャープで、しかも巷にあふれる表面的なスタイリッシュではない。日本の文化や風土に根付いた、最も土台のしっかりしたスタイリッシュな日本映画ではないでしょうか。ヌーベルバーグファンなら絶対見るべきですし、すべてが完成された密度の高い傑作です。最高!
死刑の基準―「永山裁判」が遺したもの
歴史的な史実となりつつある永山則夫裁判は多くの筆者が取り上げているが、これほどの事実が埋もれていたとは知らなかった。初めて取材に応じた元裁判官や元妻の証言はとても重く、永山が獄中で書き残した初公開の書簡からは知られざる永山像が見えてきた。今後、裁判員裁判で人を裁く側に立つことになる人たちに是非、熟読をお勧めしたい一冊だ。
まなざしの地獄
大澤真幸氏の分かりやすい解説と併せ、社会学的思考の醍醐味(凄み)を感じさせる一書。1965年と1973年に発表された二論考が収められているが、いずれも内容は古さを感じさせない。なお、本書で示された認識枠組みを今日的状況に当てはめたものとして、例えば見田氏の朝日新聞2008年12月31日付論説「リアリティーに飢える人々」がある。(こちらもまた素晴らしい考察である。)
両氏の考察を自分なりにまとめれば、本書に登場するN・N(集団就職者)も、昨年6月の秋葉原殺傷事件のT・K(派遣労働者)も、「家郷から、そして都市から、二重にしめ出された人間として、境界人というよりはむしろ、二つの社会の裂け目に生きることを強いられ」た(32頁)のであるが(期せずして二人とも青森県出身)、二人の違いは抽象化して云えば、前者がいわば世間という「まなざしの地獄」に抗し得なかったのに対し、後者は「まなざしの不在」に耐えられなかったという点にある。また、N・Nの時代(高度成長期)にあっては、失われた家郷は都市においていわば擬似的に縮小再生産(核家族)され得たのに対し、今日(未来不在の時代)にあってはそれすらも解体の方向にあり、例えば「ネット心中」に代表されるようないわば擬似ネット家族のようなものがヴァーチャルに浮遊しているに過ぎない。
われわれは如何なる時代を生きているのか、またこの荒涼たる時代を如何に生きねばならないのか、まずは確認することから始めたい。
無知の涙 (河出文庫―BUNGEI Collection)
1.内容
少年時代に、無差別殺人事件を起こし、死刑になった著者が綴った、獄中ノート。最初のほうは、詩や3行短歌(的なものも含む)が多かったが、獄中での著者の行動(将棋が取り上げられていたのが印象的)やマルクス主義を中心とした哲学の話などの散文が多くなっている。
2.評価
大多数の人は拘置所や刑務所に入るわけではないし、ましてやピストルで連続殺人するわけがないので、このような手記は希少価値がある。また、著者がマルクスを読むことを経て犯罪を社会問題として考えたのも私の中では高評価である。ただ、後半部分のマルクスの影響が感じられる部分は、今日では内容的に価値がなくなっていると思う。社会主義国は豊かでない上に抑圧が強いとされるからである(レビュアーがアメリカナイズされすぎ?もっとも、社会主義も人間的なところがあるのを否定はしないが)。ゆえに、星4つ。